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[読書メモ] いつも「時間がない」あなたに:欠乏の行動経済学

だいたい7分で読めます

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いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学 (早川書房)
センディル ムッライナタン (著),エルダー シャフィール (著),大田 直子 (翻訳)
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概要

この本は、「欠乏」による影響を紐解いた本です。 著者は心理学者と経済学者のタッグなので、必然行動経済学によるアプローチになります。時間がない、お金がないといった身近な欠乏に対し、豊富な実験データを用いて原因を考察していきます。

なお、この本は骨しゃぶり先生が紹介していたことで知りました。

https://honeshabri.hatenablog.com/entry/books-2020-1

欠乏による影響

大きく分けて「トンネリング」「処理能力への負荷」という2つの影響を述べています。

トンネリング

まずトンネリングは、目の前の物事にしか意識が向かなくなると言う効果です。身近な例で言うと、締め切りが近づいたときに集中力が爆上がりする、ということが挙げられます。 皆さんも1度は経験したことがあるのではないでしょうか。これはうまく使えば効果的ですが、その間他のことがおろそかになります。

時間が欠乏している人は、常に眼の前のタスクが最優先であり、トンネリングを起こしています。 そのため根本的に時間を作るにはどうしたら良いかに意識が向かず、 その結果欠乏し続けるというな症状があります。 仕事で常に忙しい人を考えてみましょう。なかなか新しい取り組みもできず、他の人の相談も受けにくい、さらには健康被害もあるかもしれない……となると、長期的に損していることが考えられます。しかし忙しい中では他のことに目を向けると言う発想がそもそも浮かばない、というトンネリングを起こしてしまいます。

同じことを金銭の欠乏で考えてみましょう。この本では給料日ローンについて述べられていました。これは給料日前に短期で小額を借り、給料が入ったら返済をする、というような金融商品です。給料日前に家賃を払わないといけない等の状況で利用されています。 当然金利は高く、これを使うことによって総収入はどんどん減っていきます。しかし家を追い出されるという喫緊の問題があり、何とかしてこれを解消するというタスクにトンネリングを起こし、 高い金利でも利用してしまうことが起こります。

これらの例のように、時間でも金銭でも、欠乏すると同じようにトンネリングを引き起こします。これにより欠乏の沼に嵌り、ループが発生するわけです。まさに悪循環ですね。

処理能力への負荷

人間の判断力は有限のリソースだという考え方があります。例えば、頭を使うタスクは午前中にやるという話がありますね。ゲームで言えばMPに相当する部分です。処理や判断をすると減っていき、寝ると回復するステータスです。 欠乏していると、この処理能力への影響もあると述べられています。 同じように時間と金銭で例を見てみましょう。

時間が欠乏している場合、常にタスクに追われているのでスケジュール上の余裕がありません。これによって短い時間にタスクを詰め込むことになり、負荷が上がるのは想像に難くないですね。特にスケジュールの調整を頻繁に行う必要があったり、移動時間を綿密に計算しないといけなかったりすると、 タスク自体も増えてしまいさらに負荷が高まります。

金銭が欠乏していると、生活に紐づいた心配事が多く発生します。今月の家賃支払いをどうしようか、食費が高すぎないかという直近のものから、将来の不安も様々出てきます。これらに四六時中悩まされていると、その分集中を欠き、処理能力へ負荷がかかります。本書の中では、貧困地域での薬の服用率、収穫期前後の行動変化などの実験結果を元に解説していました。

処理能力が欠乏した状況を想像したい場合、外国語を喋りながらだと思考力が幼稚園児未満になったり、徹夜明けでテストを受けたり、飲酒運転での事故例を考えたりすると良さそうです。本人の能力とは関係なく、処理能力が一時的に低下することはいくらでも起こり得ます。

欠乏は欠乏を呼ぶ

ここまでに述べた2つの影響は、恐ろしいものです。何故かと言うと、さらなる欠乏を引き起こす可能性が高いからです。

一番わかりやすいのはローンによる金銭の欠乏でしょう。金利が決まっているので、どれだけ将来の負担があるかが明確だからです。計画的に借金をするのであれば良いですが、余裕がない状況で借金をすると返済をするためにまた借金をして、といったように悪循環が始まってしまいます。

時間も金銭と同じですが、明確な計測が難しいため表面化しにくく厄介です。分かりやすい例で言うと、忙しくて余裕がなく他の人に当たり散らしてしまう、など感情面での影響が考えられます。 よく「虫の居所が悪い」といいますが、欠乏状態にあるのかもしれません。

本書で述べられている実験データには、欠乏状態にある人はIQが15近く下がるということも述べられています。本人の能力を問わず、「あなたが欠乏しているのは、欠乏しているからだ」という進次郎構文が成り立ってしまいます。

なお、これを読んでいて「貧乏暇なし」という江戸時代からあるらしいことわざが頭に浮かびました。 残念ながらこのことわざにはループのニュアンスは無いので、もっと良いものがあるかもしれません。しかし、お金の欠乏と時間の欠乏による双方向の影響を表しているように感じます。

欠乏の原因と対処

欠乏の沼にはまらないためには「最初からはまらない」または「すぐ抜け出せる」ようにすることが重要です。ではそもそも欠乏に最初に陥る状況はどのような条件があるのでしょうか。

本書では、余裕がない時に少しのショックを与えられることで欠乏にはまるパターンが多いと述べられています。例えば、一日ずっとミーティングで埋まっている場合に緊急のミーティングが来たとしましょう。既存の重要(ただし緊急ではない)ミーティングを動かしたり、労働時間を延ばしたり、睡眠時間を削ったりして対応しないといけません。これは翌日以降に影響し、スケジュールが崩れ、さらなる欠乏にはまっていくことが考えられます。

スラック(余裕)を持つ

このようなショックに対応するためには、十分な余裕が必要です。これはスラックと呼ばれ、時間的余裕や金銭的な余裕を指します。ちなみに4色の花のチャットアプリはこれのアプロニム(既存の語にこじつけたアクロニム)です、多分。

余裕が持てれば苦労しないんだよ!という声はもちろんですが、実験によると余裕のある時期があっても欠乏に陥ったケースが多く見られました。つまり、処理能力が十分ある豊かな時期に欠乏に対して備えられるか、がスラックを作るポイントです。 江戸っ子には厳しそう。

本書の例では、常に手術で忙しい病院の話が出てきます。あえて1つ手術室を開けることで、全体的な効率が上がったという話で、しっかり分析をしたうえでスラックを作ることの重要性を述べています。

外部からスラックを与える

経済支援で重要になるテーマとして、どのように支援を行うかがあります。本書では外部からスラックを与える場合は、そのタイミングが非常に重要であると言う実験も引用されていました。

具体的には、欠乏にある状態で支援を行っても、緊急タスクの火消しに使われてしまい欠乏から抜け出せないと言う状況が観測されました。一方で、工夫をして比較的豊かな状態にある際に支援を行うと、欠乏から抜け出す効果が高いとの結果になりました。これは、前述した欠乏による影響を裏付けする結果ですね。

その他

この辺りを読んで、「岡目八目」という言葉を思い出しました。これも欠乏から抜け出すのに効果がありそうです。前述したように欠乏状態ではトンネリングを起こしているので、第三者的な視点から対処ができると良さそうですね。

この本には、行動経済学的な内容として、貧困にある方が1ドルの価値を正しく認識している、という実験もありました。詳細は省きますが、これらの結果から欠乏を産むのは豊かさなのではないか、 という示唆的な内容が出てきます。著者が取り組みたいテーマらしく、さらなる欠乏の解明が期待されます。

まとめ

時間や金銭の欠乏という、誰もが経験したことのあるテーマを元に、その原因を行動経済学の観点から探っています。 身近でかつ重要な問題なので、その原因を知る事は大きな価値をもたらすでしょう。本書は大量の実験から原因を考察し、経験上同意できることが多いため、説得力があります。タイトル通り「いつも時間がないあなた」にとっては、無理矢理時間を作ってでも読む価値がある本だと言えそうです。

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